今日はいろんな人としゃべったり会ったりしたのでとても疲れた。
今朝もAk葉先生のスタジオで早朝会議があった。
以前紹介した“山形の巨匠たち”の先生方も一緒だ。
変わり行く広告写真の存在とデジタルへの移行、この先の戦略について話し合う。
もちろんここには書けない内容の話し合いも多数。

この先は僕の個人的主観で書いたものなので読んでも反論しないでいただきたい。
おそらくお怒りになられる方もたくさんいると思う内容なので・・・。
最近、広告写真というものが、高性能デジタルカメラの普及とともに「簡単・キレイ」を謳い“素人”が撮影して当たり前のように流通している。
しかし、素人が撮ったものは所詮“その程度の写真”であって本来の広告写真としてのクオリティは低いのだ。(ヘタだということ)
つまりその写真で作られた広告そのものも“その程度の作品でしかない”と言うことになるのである。

ある店に通販雑誌とファッション雑誌があった。
同じようなハンドバッグやネックレスの広告。
片やCartier、BVLGARI、CHANELの広告、片や無名のお買い得のもの。
明らかに広告の差がある。
写真の扱いも歴然。
つまり広告が陳腐であるものは商品そのものも“所詮その程度のもの”と見られてしまうのである。
一流のブランド品の広告写真を素人が撮るなんてことは“一生ありえない”だろう。
二流三流の写真は二流三流の広告しか生まないのである。
今山形の広告界はまさにその有様だ。
クリエイターたちよ、それでいいのか?