大切な仲間が逝ってしまった。
僕のラジオパーソナリティー人生のきっかけを作ってくれた男、奥山知明君。

病気だなんて全然知らなかった。
急に痩せたのは病気のせいだったのか。
奥山君は「ダイエットしたんです」って言ってたのを本気にしていた。

僕が最初に奥山君と出会ったのは僕が広告代理店、奥山君が山形コミュニティ放送の営業として広告の出稿の打合せだったと思う。

その後何年も過ぎた頃、僕にとって人生の大きな変化をもたらす運命の出来事があった。

2009年年末、日本でTwitterブームが始まり、USTREAMという個人のネット動画配信が可能になり話題になり始めた頃、「山形でもラジオとネット配信を融合させた番組をやってみたい」という野望を胸に自らラジオ番組を企画し奥山君に相談したのだ。

正直言うと、もっと大きな局にも話はしてみたが、まったくちんぷんかんぷん。
全然理解してもらえなかった。

しかしその時の奥山君は目をキラキラさせて「面白いですね!まずはウチでやってみましょう!!」と自分の担当する番組の中に15分のコーナーを設けてくれてテスト的にやらせてくれたのでした。
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それが当時の専務(現在の社長)にも認めて頂き、4月から金曜17:00からの「M3+(エムキューブプラス)」の30分間のレギュラーコーナーとして放送を開始するきっかけとなった。

「今度のメインMCのカズヤ君は結構人見知りする人だけどウガンダさんなら絶対上手くやっていけるはずです」と奥山君に言われ、カズヤ君とは最初はお互い腹を探り合いながら番組を始めたのでした。

その後すぐに奥山君はラジオモンスターを退職してしまい、カズヤ君と番組を続けていきました。
奥山君の言うとおり人見知りのカズヤ君でしたが、お陰様で何年か一緒にやったご縁で、カズヤ君の結婚式の司会もやらせていただき、カズヤ君は家業が忙しくなりMCを辞めてしまいましたが、今でも仲良くさせて頂いています。

奥山君、君が引き合わせてくれた大切な仲間です。

そうそうカズヤ君の結婚式のためにビデオレターも撮ったっけ。
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2013年からは「ウガンダのそうおっしゃるラジオ」として単独の番組に格上げしてもらったときも、奥山君に報告したら本当に喜んでくれましたね。

奥山君、カズヤ君、紗希ちゃんと歴代の相方が集まって飲み会もしたね。
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いろんなイベントで顔を合わせたりして「また飲もうね!」と言っていたのに、こんなことになるなんて、本当に信じられません。

実はラジオモンスターで奥山君の声、まだ流れてるんだよ。
相互タクシーのCM。。。

奥山君、何度御礼を言っても足りないけれど、君がいなかったら今の番組が続くこともなかったんだよ。
山形県はおろか、東北で一番最初のインターネットとラジオを融合したレギュラー番組を作ったのも奥山君、君のおかげなんだよ。

パン屋さんに勤めてた時はベタチョコのブームを再来させたり、才能を遺憾なく発揮させていたよね。
ベタチョコ、今や全国誌でも取り上げられてるよ。

JAに移って今度は何をやってくれるのか?みんなが期待していたと思うよ。

facebookでの奥山君の投稿を見ながら、僕の知らないロックな奥山君をうかがい知ったり、酒好きだったのを知ったり、まだまだこれから楽しむはずだったのに…
本当に本当に悔しいよ。

奥山君、天国でもまたラジオやりなよ。
自分の好きなネタで自分の好きな音楽かけてさ。

奥山君のずっと訛りの取れないトーク、滑りっぱなしのギャグ、天国でもみんなを楽しませてあげてよね。

僕も奥山君の分まで頑張ってラジオ続けるからね。
ずっとずっと応援してくれてありがとう。

ゆっくり休んでくださいね。
僕がそっちにいったらまた一緒にラジオやろうね。

それまでしばらく待っててね。
さようなら。